

「近所の人に興味本位に子どもの入学先を聞かれるのが嫌だ」、「校名を言いたくない」、…そうした心理状態に陥りがちでも。お母さんがいつまでも引きずっていると、子どもを「こんなにもママを悲しませてしまった」と、自分が不合格だったこと以上に苦しませることになります。入学する学校にも誇りを持てず、それは入学後の友だち関係、学校生活にも尾を引き、学業にも身が入らないことにつながります。「よく頑張ったね」と言ってあげましょうこんなとき、お母さんに思い浮かべてほしいのでち本来なら毎日遊んでいておかしくない年齢のわが子。友だちと遊ぶのをガマンして勉強し続けた日々。目いっぱい緊張していた試験当日の朝の顔。今回の結果は、大学受験の結果でしかありません。人生の結果ではないのです。わが子がここまで努力してきたこと自体を褒めてあげましょう。親の評価こそが中学入学後の子どもの「原動力」になるはずです。今回わが子は思いがけず不合格になりました。。それによってわが子の良さが消えたわけでは決してありません。A大であっても、B大であっても変わらないことです。入試が終わった今、頭の中から偏差値は消していただきたい。毎日のように見てきた偏差値表は、今すぐシュレッダーにかけてはどうでしょう。そしてわが子の進学先を堂々と答えようではありませんか。
塾の授業には、講義中心の一方向的なものと、講義と子どもへの質問が交互にあり、活発なコミュニケーションを中心にした双方向的なものとの二つのタイプがある。大手のほとんどの進学塾では一方向的な講義で終わるケースが多いが、地元に密着した個人塾や個別指導塾などは、講師と生徒の会話や相互のやりとりを重視したスタイルの授業を行っているところが多い。子どもに考えさせる時間を与えたり、発表したりする機会をつくることを心がけている塾は、教育というものを真剣に考えていると思って間違いない。子どもの気持ちをくみ取ることのできる講師は、私の言う「キャッチボールのような授業」を必ず行っている。子どもがどこでつまずいているのかすぐわかるだけでなく、どこが得意でどこが苦手かを正しく把握している講師は、子どもの相談にも的確な回答をしてくれる。
日本語と英語は、多くの点において異質な言語である。だから、日本人が英語を習得するのは、多くの人が思っているよりもはるかに難しいことなのだ。言語社会学者は次のように論じている。アメリカの国務省は、外交官や政府の役人が職務上学ぶ必要のある外国語を、習得の難易の点で区分していますが、日本語はアラビア語と並んで、アメリカ人、か習熟することの最も困難な言語とされ、学習に要する時間もフランス語やドイツ語の二倍は必要だとしています。なぜかと言うとアラビア語も日本語と同じく、言語の系統、宗教、そして文化のすべてが、西欧の人々にとっては異質だからです。このように日本語がアメリカ人に難しいことのまさに裏返しとして、英語は日本人にとって、本当はひどく難しい外国語なのです。だから生半可な勉強ではものにならないのも当然なのです。日本語と英語とが、かけ離れた言語である以上、西欧で開発された英語学習法などを持ってきても、ほとんど日本人の役には立たない。日本人に一番合った学習法は、やはり日本人が開発したものでしかないのである。
[参考] http://www.gge.co.jp/